橋本 宗治

奈良県奈良市 北野に生まれる。
父親が茅葺き屋根の職人をしており。
学校を卒業後に茅葺き職人となる。
その後縁があり、木下万治郎氏や佐川丈一郎氏に師事し社寺仏閣専門の本瓦葺きの修行をする。その後独立し全国各地の国宝重要文化財の瓦葺き工事を施工する。

橋本宗治は寡黙な職人肌の人間であり、人前で大きく声を発するような人間ではなかった。
その為か、東大寺大仏殿の昭和の大修理の最には他社の職人が形のキレイな瓦を優先して使っていき橋本宗治達が使う瓦は形の悪い瓦しか残っていなかった。
橋本宗治はその瓦を使い他社が施工した場所にも負けないくらいキレイな施工をした。
その後その古瓦を出来るだけ加工せず素のままを使い施工する技術を買ってもらい全国各地の国宝重要文化財の屋根工事で仕事を請け負った。
そのかいあって昭和52年に瓦職人として国内で初めての勲章を受章した。(勲六等瑞宝章)

橋本宗治の古瓦を活かして使う施工方法は橋本瓦葺工業にも受け継がれており、現在でも奈良県だけでなく日本全国の文化財瓦工事を請け負っている。主に手掛けた工事は国宝の建物だけで、東大寺大仏殿、元興寺極楽坊本堂・北院、唐招提寺経蔵、法隆寺西廻廊、瑞巌寺本堂(昭和)、観心寺金堂、長福寺本堂、善福院釈迦堂、尾道浄土寺本堂ほか、太山寺本堂、大宝寺本堂、松江城天守、十輪院本堂、閑谷学校講堂、興福寺三重塔、薬師寺三重塔(昭和)などがある。

平成元年 永眠